お侍様 小劇場 extra

    “愛し仔猫のいる一景vv” 〜寵猫抄より
 

        


明け方こそぐんと寒かったものの、それこそいい日和への前置きか。
天気予報士のお兄さんお姉さんたちからは、
こぞって“四月並の暖かさになるでしょう”との同じお言葉が聞かれ。
それを耳にした敏腕秘書殿、これは楽しみですねぇと呟いた。
朝ご飯の支度を鼻歌混じりに進めつつ、
コンロにかけたお鍋の水が沸くまで、はたまた焼き網が温まるまでの僅かな間にも、
ぱたたっとあちこち駆け回り。
寝室からはシーツや上掛けのカバーを引き剥がして回って来、
そろそろ模様替えの下準備ということか、
幾室かある客間の冬用のカーテンも引きはがして来ては、
浴室手前の洗濯機へと放り込んでゆき。
どうやら、今日のお日和を使って、
大物リネンの洗濯大会を開催なさるつもりでおいでらしい。
勿論のこと、家人の皆様へのお世話もこなしつつ…というのが大前提であり、

 「あ、勘兵衛様、ハクサイの浅漬けもありますよ?
  さっき桶から上げたばかりですよ。
  ご飯、足りますか? もうちょっとだけ よそいましょうか?」
 「うむ、頼む。」

焼魚に赤出しのおみそ汁が、島田さんチの朝餉のスタンダード。
そこへ、ぱぱっと作れるお浸しか卵焼きなんぞが加わりの、
昨夜の残りの煮物なんかがあったりなかったりしのし。
香の物は自家製のが日替わりで登場…というラインナップを、
用意する側のお人としては、
箸の進み具合をきっちりと把握している、だなんて基本中の基本。

 「ほ〜ら久蔵。ムツの身、ほぐしましたよ?」
 「にゃうvv」

細い箸の先で、器用にほぐした焼き魚は、脂の乗った瑞々しい白身。
それをちょいと軽やかに摘まんで、さぁさ食べましょうねとお声を掛ければ、
小さな皇子がワクワクッと目許を瞬かせ、
テーブルの上へと小さな手を突き、その身を乗り出すところへと、

 「あ〜ん♪」
 「ま〜うvv」

お箸の使えぬ坊やのお口まで、危なげなくも運んで差し上げ、
香ばしい旨味を封じ込めたエキスごと、
滴も零さずの ほ〜れとばかり、
野ばらの蕾もかくあらん、
小さな小さな唇へ含ませてやれば。
一片だって取りこぼしてなるものかということか、
小さな小さなお手々が両方、
いかにも子供の仕草で無造作に広げられ。
そんな手のひらの真ん中辺りで ぱふりんと、
小さなお口の周辺一帯という大雑把に、
蓋するように伏せ当てる様子がまた、何とも言えず愛らしく。

 「美味しいですか?」
 「〜〜〜〜vv」

うまうまうまと、
ジューシーな御馳走を噛みしめながら、
唯一 見えてる目許が細まる。
ご飯は いいですか?
しらすも 乗っかってますよ?
はい、あ〜ん♪と。
食べさせて差し上げている側もまた、
何とも楽しそうと言いますか、至福の笑顔であたっているものだから。
傍で観ている勘兵衛としては、
大ぶりの茶碗の陰にて、
苦笑が絶えないのを誤魔化すのが大変で大変で。

 「…にゃう・みvv」
 「お、もう御馳走様ですか?」

小さな幼子、本体はもっともっと小さな仔猫様。
七郎次がどんなに小さいのをと食べさせても、
すぐにもお腹は膨れるようであり。
さして汚れてもない口回りを温かいお絞りで拭ってもらうと、
抱っこされて“わーい”と子供用の椅子から降ろしてもらい、
そちら様は食後のお茶を堪能中の、勘兵衛の足元へと駆けてって、
脛やら膝やらへまとわりつくのがいつもの流れ。
こらこら、熱いのを零したらどうすると、
苦笑混じりにそれでも促されるまま席を立ち、
リビングの炬燵へ場を移す二人を見送って。
さぁてとと、自分の食事のペースを上げると、
お茶もそこそこに立ち上がった七郎次。
下げた食器を食洗機へセットしてから、
そのまま脱衣所経由で庭へ出て、洗濯物を干しにかかる。
こうやって綴れば、毎日毎朝 同じことの繰り返しの筈だが、
どうしてだろか、
その日その日で楽しいがリセットされるというか、
何年経っても うんざりするとか飽きると感じたことはなくって。
例えば…食洗機で洗った茶碗が、
二度洗いしなくていいほど綺麗に仕上がっていれば、
自然と口許がにんまり持ち上がったり。
小物干しに、
隙間なくのしかも左右のバランスも完璧に、
靴下やハンドタオルがピシッと収まると、妙に嬉しく感じたり。
この前テレビで観た“タオルの干し方”を試してみ、
お薦め通りにふっくら仕上がると、
ほらほら見てくださいなと、誰ぞに言いたくなってしまっての、
小さな久蔵へ“ほらほら、ぱふ〜んってしてごらんな”んて、
畳んで積んだ上へと飛びつかせ、
やんちゃを助長させるよなことを吹き込んでみたりし。

 “所帯臭い話かなぁ?”

とか思いつつ、でも…楽しいのだからしょうがない。
今日も今日で、少し気張って大物ばかりを洗ったが、
物干し竿だけじゃあ足りなかったところ、
そうだ・そうそうと思いつき、
リビング前のポーチの隅っこの柱から洗濯ロープを張り延ばし、
そこへも干すことで問題解決。
陽あたりがいい気候となったので、
いつもの定位置以外でもちゃんと乾くに違いなく。
腰に手を当て“えっへん”と、誰へともなくの大威張りという姿勢を取っている、
頼もしい秘書殿を窓の向こうに眺めておれば、
そんな勘兵衛の手元へと、肘の下から果敢にももぐり込んで来た小さな皇子が、

 「わっ、これ久蔵っ。」

まだ読んでいる途中の新聞へ、ていっと爪立て飛びついて見せる。
視界が悪いんだものとでも言いたいか、
それとも、自分の特等席を狭くするものが許せなかったか。
真ん中辺りを裂かれたところで、あわわと腕を上げ、高々と持ち上げたので、
それ以上の難は逃れたものの、
もしもおチビちゃんが口を利けたなら、

 『だって、シュマダも紙面を読んでなかった。』

庭先の誰かさんばかり見てたじゃないのと、
そんな風にすっぱ抜いたかも知れませぬ。(笑)
潤みの煌く赤い眼を、ワクワクと楽しそうに瞬かせ、
ねえねえ何かして遊ぼうよというお誘いしかけてくる幼子へ、
しようがないなと言いたげにやんわりとした苦笑を零した勘兵衛だったが、

 「……っ。」

そんな彼の表情が、ふと、場違いなくらいに引き締まったのは、
見遣ってた先のお庭にて、
自分の携帯を頬にあてた七郎次が、
何を知らされたのか、はっとして堅いお顔になったから。


   お天気とは裏腹、
   何かが襲い来たらしい島田せんせえのお宅なようです。





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  *あれれぇ?
   書いても書いても終わらないのは何故?
   大したお話じゃあなかったのにね?


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